仕事と自由律俳句の抱負

 本日は、実家と嫁に行った妹の家族との、熱海旅行から帰ってきました。

 私には姉と妹がいて、ふたりとも、看護士をしています。

 姉は偉く、話しによると、市立病院勤めをしつつ、更に向上心があり、がんセンターの方へ、また、学業に出るそうです。

 私は長男でありますが、文系であるのに、理系の工業高校に進学してしまい、というのも、頭が悪くて、工業高校にしか進学先が無かったわけでありますが、それを取り戻そうと、高校卒業後は、音響の専門学校に向かいました。

 就職をする為にまず音楽のリハーサル・スタジオに就職したわけでありますが

統合失調症を発症し、その頭の不具合に気づかず、職も長く続かず、点々としてしまいました。

 統合失調症の急性期、という混乱状態に陥ってからは、救急で地元ふるさとに帰らざるを得ませんでした。

 百貨店、スーパー銭湯、そうして工場勤務、どれもこれも、度々襲われる、急性期症状のせいで、もって二年、という短いスパンでの就職になってしまいました。

 そうして私は、父の会社に勤めることになりました。

 勤務時間は不規則、夜間業務あり、重労働、とついにストレスが過度になった去年、入院。

 入院してしまったとき、私は結婚しているのですが、妻を泣かせてしまいました。

 退院したときは非常に痩せて、体力は無く、来年までに「元気」を取り戻せるのか

わからなかったものですから、今年の正月、無事、家族で旅行をする事ができて何よりでありました。

 昨日大きな鏡に映った私の姿は、退院後よりとても肥えていました。

 

 さて、これからの事を考えなければなりません。

 一応、会社からは手当金という事で、私は収入を得ていますが、いつか復職しなければなりません。

 そのとき、また去年のような障害に襲われたのであれば、本当に危険な目にあってしまうでしょう。

 これは障害なのです。一生、脳の病気に責められるのです。

 また会社に復帰しても以前のような仕事はできず、メール・チェックの仕事からはじめなければならないかも知れません。

 また、現在は副業の時代でもあります。

 障害のこともあって子供が作れないので、ふたり家族ではありますが、やはり老後の事を考えると、何か副業という事を考えていかなければなりません。

 少しずつ、先の事を考えていかなければいけない、そう実感した旅行でした。

 〇

 そうして、話しを趣味の事に広げますと、私はこうして「自由律俳句集成」として自由律俳句を発表しておりますが、これは主として種田山頭火や、以前所属していた結社「海紅」というところで、少し習い、あとは独学で書いている自由律俳句です。

ホテルでドナルドキーン著「正岡子規」を読みましたけれど、正岡子規のこれは定型俳句ではありますが、その「事業」というものは立派なものです。

 その反面、彼が士族の生まれであった事から、志高く、どんな苦難も乗り越えて俳句革新というものを行ったということです。

 趣味ではありますけれど、書生気質を持つ端くれとして、そのフィールドは違えど、正岡子規のように全身全霊を持って、この文芸「俳句」に向かってゆきたい。

 

私は何に対しても気概が足らなかった。

 

 明日はどうなるか分かりません。それでも「正岡子規」という本を読んで、胸に、頭に、熱のある内に、この仕事や、趣味についての抱負を書いておきたかったのです。

 

 仕事についてはまだ猶予があります。それでも明日からは全力を持って、仕事の為に手を尽くすでしょう。

 そうして趣味、この唯一の趣味を広げてゆく為に、まずは種田山頭火全句集を閲みすることからはじめてみたい。

 総復習したい。

 長くなりました。本日はもう疲れ切ってしまっています。

 眠ろうと思います。

 

 熱くなった胸抱えて大事に氷水飲む  教平