ミルキィーウェイの語感に乗って、旅人は行ってしまった。
あとに残るのは胃痛のするわたしと妻である。わたしたちは断捨離した家にいる。
神が、夜へ、氷砂糖をふったとき
わたしは外へ─近くコンビニにいて、自分の為のラーメンと
妻の為のホルモン焼きをオレンジの籠に入れていた。
(妻はごはんが残っているので、ホルモン焼きでいい、と言った)
わたしの口の中にはニコチン・ガムがころがっていて、甘い。
さくばん、人工甘味料についての本を読んでいた。
都市生活者──ここは郊外であるけれども──わたしたちは騙されている、という内容だった。
*
やってきた者があった。彼は図書館で借りた本から「呟き」を聞かせてくれた。
それはため息でもあった。うた、でもあった。
曰く─分け入っても分け入っても青い山 山頭火
わたしは禁断症状─ニコチンの禁断症状で「力が入り過ぎる」腕を動かして
このテキストを書いている。
オリジンな生活などない。わたしたちは社会の製造品に過ぎない。
信条、のようなものさえ洗脳されたもの、だけれど
ともかくちょっと歩こうと近くの〇〇寺、まで。
*
雲、に、雲、が、折り重なって黒くある。
わたしは木製のベンチに座り、いつかの中国、風と日本様式のミックスされた、
〇〇寺、の本堂を見つめている。
うしろななめから、竹の葉が─風で─こすれる音が聞こえる。
この、本堂の中には、実は、何も無い事を知っている。しかし─この本堂に対し
座る、わたしの中には。「無尽蔵」という言葉。そしてこんな良い昼の月をひとり見ている。
在るべきものも在らずにゐないものもすべてが在るものの中に蔵されている。
在るものを知るときすべてを知るのである。(山頭火 山行水行)
*
帰ってきてわたしは服薬した。昼とちょっと違った位置に月があるような気がした。
ほとぼりがさめた、というべきか、家からついに捨てるべきものがなくなった。
「ステル」、看護婦の隠語で「亡くなる」の意味らしいが、今なんでこんな事を。
頭の中は不思議だな。頭の中は愉快だよ。
「ごはん食べた?」
「食べたよ、ラーメン」
わたしはどこにも行けないことを知っており、冒険するなら本や自分の中だ。
やめておこう。旅人は去った。
もうこころ軽くなれば、今宵、つづけて書く事はない。